全身反応教授法

Total Physical Response (TPR)


Asher によって提唱されたTPRは、学習者が必ずしも学習開始時点から発話練習をする必要がないという前提に立ち、 聴解力の養成を出発点とした言語教授法である。いわば、赤ん坊がことばを獲得していく過程を応用したものとも言える方法である。学習者は、聞いて行動することにより文を理解していくので、教授者の発話は十分に検討されたものでなければならない。


この練習はかなりスピーディに行われるので、学習者は短時間のうちに相当多くの文を繰り返し聞くことになる。従って、聴解力の涵養にはかなり効果的である。しかし、それのみならず、短期間で、伝統的方法の数倍の量の文法事項を取り扱うことができるというメリットがある。 小坂はかつて、 ドイツ語話者を対象にした日本語の授業において TPR を応用してみたが、わずか11 回の授業ですでに次の文法事項を取り扱うことができた。

  1. 要求を表す形式:「〜てください」
  2. 名詞+格助詞:「私が」、「私の」、「私に」、「私を」など
  3. テーマ助詞:「今日は」など
  4. 文成分の順: 「〜 は」→「〜 が」→「〜 に」→「〜 を」→「〜する(動詞)」など
  5. 形容詞・形容動詞の言い切り形: 「大きい」、「大きいです」、「静かだ」、「静かです」など
  6. 否定形:「書かない」、「書きません」、「書かないでください」など
  7. 付加語名詞:「机の上」、「日本語の本」など
  8. 付加語形容詞・形容動詞:「大きい本」、「静かな部屋」など
  9. 経過や結果を表す「〜 ている」形: 「マルクさんが黒板に何かを書いています」、「コップに箸が入っています」など
10. 関係文的付加語:「立っている学生」、「箸が入っているコップ」など
11. 条件や時を表す「〜 たら」:「私がボールを投げたら、そのボールをつかまえてください」など

もちろん、 これら 11 項目が 11 回の授業のそれぞれに対応するわけではない。文が複雑なときはなるべく語彙の理解が楽になるよう、欧米語からの外来語を使用した(「ボール」、「たばこ」、「コップ」、「スプーン」など)が、これは、学習者のモティベーションの高揚や、語彙に対する不安の除去にも役立つ。日本語というのは、いよいよとなれば、助詞のような機能語以外は、 外国語をそのまま使っても文になる、 便利な言語なのである(「Tina さんが Tafel に Katze を malen しています」のように)。

 

第11回目の授業では、学習者は次のような複雑な文まで理解するようになった。

 

A さん、いろいろな物が入っている箱の中から石鹸を出してください。
B さん、いろいろな物が入っている箱からボールペンを出して、そのボールペンを何も入っていない箱の中に入れてください。
Y さん、コップのなかにめがねが入っていたら、それを出して、時計の入っている箱の中に入れてください。


 

参考文献
Asher, James J. (1977):Learning Another Language Through Actions
小坂光一 (1988):「2つの教授法─TPRとCLL─」
名古屋大学総合言語センター 言語文化研究委員会編『ことばの科学』第1号